インタビュー

「フリーランスはバカであれ」カメラマン・大橋拓に聞くサバイバル術

自ら撮影した亡き大叔母の写真を背景に、筆者を見つめる大橋拓さん

フリーランスになって8年。東京都在住の大橋拓さんは、ウェディングカメラマンとして今までに1000組を超える新郎新婦の晴れやかな表情を写真に収めてきた。

「柳に雪折れなし」という言葉を体現しているような人と思っていたが、取材を通して目線を足元に転じると、その幹は案外と太く、硬かった。

大橋さんはなぜカメラを手にし、独立したのか。フリーランスの世界をどう生きてきたのか。

(取材日2017年11月24日)

Scene「息、してますか?」

週末。東京・表参道にある結婚式場で、カメラマンの大橋拓さんは、まさにこれから人生の晴れ舞台に臨む新郎新婦に向かい合っていた。

チャペルの前でにっこりと笑顔を向ける新婦に対し、新郎の表情はどこかぎこちない。緊張からか強張ったようにも見える。

「では撮りますねぇ」

「硬い画」も必要だと思った大橋さんはそのまま2、3枚シャッターを切った。

新郎はまだ口を真一文字に結んでいる。

続いて撮影する意思を伝えた大橋さんはファインダー越しに1秒ほど新郎を見つめた。そしてカメラからひょっこり顔を覗かせて言った。

「息、してますか?」

新郎からはふっと息が漏れ、肩がやや下がった。顔の筋肉も緩んだ。

「よし、何とか押さえられたね」

Overview「笑顔をくださいとは言わない」

44歳。フリーランスになって8年が経つ。

結婚式の写真撮影を専門に行うウェディングカメラマンとして、1000組を超える新郎新婦を撮影してきた。

結婚式の写真撮影はカメラマンにとって「重労働」とされる。拘束時間が半日と長く、撮影枚数が多い。当事者にとっては人生の一大イベントであるため、撮り手としてのプレッシャーも小さくはない。

「ウェディングを専門にする理由? うーん、独立する前からよく撮ってたのと、物よりも人を撮る方が得意だからかな。ぼちぼち好きだしね」

大橋さんはひょうひょうとした調子で続ける。

「人を撮るときってさ、言葉と空気が大切で、たまに2つがガッチリはまることがあって面白いんだよ。

俺らの仕事ってきれいに撮る技術が大事だと思われやすいけど、同じくらいかそれ以上に大切なのは言葉。クライアントとのやり取りもそうでしょ。

だから俺は『笑顔をください』とは言わない。笑顔を引き出すのがカメラマンの仕事だから」

History1「あの人が言うんなら大丈夫じゃね?」

独立までの経緯について尋ねると、「仕事は何でも良かった」と返ってきた。

名古屋市出身の大橋さんは愛知大学を卒業後、同市を拠点とする劇団のメンバーとして活動した。

演劇に魅かれたのは学生時代。

大橋さんが所属していたサークル・児童文化研究会は演劇研究会と親交が深く、発表を見合う仲だった。

大橋さんは演劇研究会のメンバーが壇上で演技をする姿に感動し、興味を持った。

当時、演者として特に尊敬していた先輩がいた。大橋さんが芝居に興味を持っていることを聞いたその先輩は「大橋ならいい役者になるかもしれんな」と言ったという。

「それ、又聞きなんだよね。本当にそう言ってくれたのかは今もわからない。でも俺は『あの人が言ってくれたんなら大丈夫じゃね?』と思っちゃった」

1年後にミュージカル劇団に移り、後に子どもと劇を作る活動も始めたが、大橋さんの劇団員生活は5年で終わる。

同棲していた前妻が妊娠したのだった。

当時はコンビニエンスストアでアルバイトをしながら食いつないでいる状況。

大橋さんは生まれて来る子どものことを考えて就職しようと決めた。

前妻は求人誌を手渡し、写真スタジオのページを指し示しながら「凝り性だからいいんじゃない?」と勧めたという。

こだわりのなかった大橋さんは言われるまま、載っていた番号に電話した。

History2「もしかしたらコレ、生きていけるやつかも」

独立を考え始めたのは、3店目のスタジオに勤務していたころだ。それまでにカメラの販売や写真の現像、証明写真や七五三などの記念写真の撮影を行い、店長職も経験した。

居心地は悪くなかったという。

「仕事はルーチンで覚えれば難しくなかった。仲良くなったお客さんとだべるのも楽しかったしね。

ただ、2000年代前半の当時はデジタル化の波が来ていて、写真店に現像を頼む人はどんどん減っていったんだよ。1店目を辞めたのも人員削減に伴うリストラだったし。この業界は泥船やなあと思ったね」

3店目では撮影の仕事が増えた。結婚式や学校行事の撮影を主に4年半、経験を積んだ。

と同時に、スタジオと契約するフリーランスのカメラマンを現場に手配する仕事にも携わった。

カメラマンは仕事を終えた後に写真フィルムを納品するため店に来る。やり取りを重ねるうちに仲良くなり、食事や酒を共にする中で「フリーランスの生態」についても知っていった。

「フリーの単価感を知られたのは大きかったよ。1件2万円が月に8本ある人は16万、もっとうまい人は1件3万円で月に24万円とか。

ウェディングだけだと厳しくても学校行事の撮影を合わせると35万円くらいになる。……もしかしたらコレ、俺でも生きていけるやつかもしれんなあと思うようになった」

独立に踏み切ったのは、妻の通(みち)子さんと一緒に暮らそうと東京に引っ越したのがきっかけだ。

カメラ販売サイトのチャット機能を通じて知り合った2人は、5年間の遠距離恋愛を経て、大橋さんが前妻への慰謝料を払い終えたタイミングで同居を始めた。

東京に住む通子さんは躁うつ病を抱えており、大橋さんは通子さんの環境の変化が少ない方が良いだろうと判断したのだった。

カメラマンをクライアントに紹介するディレクション業務を行うことで収入を増やした

Present「現場で仕事をするだけじゃつぶれやすい」

現在はクライアントに別のカメラマンを紹介するディレクション業務も行う。

収入の3分の1を占め、多い月だと40人のカメラマンをアサインすることもあるそうだ。1人の紹介が決まる度にクライアントから大橋さんに一定の金額が支払われる。

「結婚式って週末の大安の日とか行われやすい日が決まってるから、依頼が重複しやすい。

前から(断るのが)もったいねえなあと思ってて、なら、俺のところで話を止めちゃって、他のカメラマンに仕事を回せばクライアント、俺、カメラマンの三方良しになるんじゃないかと考えたの。

この方法で稼げれば年を取っても俺は食っていけるなと。フリーランスって、現場で一人で仕事しているだけじゃつぶれやすいよね」

Motto「フリーランスはバカであれ」

順風満帆だったわけではない。

独立して2年目。生活資金が足りなくなり、地元の友人に30万円を借りたことがある。眠ろうと布団に入っても金策が頭を巡り、一睡もできないまま朝を迎える日が続いた。

困難もあった8年間。フリーランスとして生きていくために大橋さんは何が大切だと考えているのだろう。

「一番はバカであること。フリーランスは仕事と収入の波があるから、悪いことがあっても落ち込み続けないことが大切。

そりゃ、大きな仕事がポシャるときもあるよ。でも、それで頭を抱え続けているような人は身が持たないんじゃないかな。

ちょっとは落ち込んでもいいけど、すぐに頭を切り替えることが大事だし、何より根底に『何とかなるさ』と思えるバカさが必要だと思う。

俺も言われるんだよ。何かまずいことが起きたときに『よくそんなにヘラヘラしていられるね』って。

でもさ、そんなの後ろが崖なんだから笑うしかないじゃん。笑うのはタダ」

フィルムカメラのライカ(写真中央)でスナップ写真を撮るのが好き。仕事で外出するときにも必ず持って行く

In future「成功も失敗も自分のもの。そりゃ、気分いいさ」

結婚式案件など「アクティブな撮影」ができるのは体力的にあと10年と見ている。スタジオでの撮影など負担が大きくない案件をやれるのはさらにあと10年。

「2020年に(前妻との間にできた)子どもの養育費を払い終えるから、それ以降は俺にとっては付録のようなもの。

兵隊として稼げるお金は減っていくだろうから、ディレクションを増やしてゆっくりゆーっくりと人生の撤退戦を生き抜いていくつもり」

「カメラマン」と聞くとどこか華やかな世界をイメージしたり、自己実現の方法の一つだと考えたりする人もいるかもしれない。

しかし大橋さんにとってのそれは第一に生活をするための手段であり、世の中を生き抜いていくための武器としての意味合いが強い。

フリーランスになって良かったか、聞いた。

「うん、とっても。カメラマンって資格が要らないから名刺を刷るだけで『どうもカメラマンでござい』って言えるでしょ。何だかおとぎ話みたいだよね。

仕事の裁量は全て自分に委ねられる。成功も失敗も全部自分のもの。自分の人生だって感じがするじゃん。そりゃ、気分いいさ」

以前に比べて初心者が扱いやすいカメラが増え、インスタグラムなどの写真投稿サービスが普及した。

写真撮影やフリーランスカメラマンに関心のある人も増えているのではないだろうか。大橋さんはそんな人に向けて持論を語った。

「俺も写真スタジオに勤めるまではフリーランスがどんな風に生きているかわからなくて漠然とすごい人のように思ってたけど、決してそんなことない。

カメラマンの世界で言えば、思ってたよりもクオリティー重視じゃないよ。クライアントや撮影対象者と適度に良好な関係を築けるコミュニケーション力の方が大事。

クライアントが欲しいのは経験じゃなくて安心だよね。

だから怖がっている人はまず飛び込んでみるといいよ。専門学校なんかで経験を積んでから(独立)じゃなくて、いきなり撮影ができる会社に入るとかさ。

『スキル』って普遍的なものじゃなくて、流動的なもの。客観ではなく主観。

どの苗をどの時期にどんな風に植えて、誰が収穫して食べるかで変わる。その結果、さほど輝く個性のない俺でもラッキーなことに生きていけてる。

これからも、こんな風にヒョロヒョロと植わっている俺を必要としてくれる人がいればいいな、とは思うよね」

Editor’s Note 大橋拓×庄部勇太

大橋さん行きつけのバー「Lucky Dragon えん」(台東区)で

大橋さんと出会ったのは2016年の4月。ぼくが独立して1ヵ月後だ。医療メディアの取材現場で顔を合わせた。

3度目に会ったとき。クライアントが来るまでの5分間という短い時間で、互いの離婚歴まで話し合った。

6度目。取材する医師の手術が長引いていたため、ぼくは診療台に座り小説を読みながら待っていた。

大橋さんはぼくの前でしゃがみ込み、顔を同じ高さにして「何を読んでるの?」と聞いてきた。つぶらな瞳がぼくの顔を覗き込んでいた。

彼はぼくよりも11歳年上だ。

好きな小説の類がやや近く、盛り上がった。ただどちらかというと、ぼくはその前の「しゃがむ」彼の行動の方が印象に残った。

そして彼行きつけのバーで飲み、友達になった(そのバーのことはこちらに書いてある)。

今回書いた文章で、大橋さんの魅力の一端を感じてもらえればうれしい。

大橋さんの情報はこちら

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カメラマン・大橋拓に聞く「フリーのリアル」一問一答

―クライアントは結婚式場が主?

うん、式場の写真部門。式場が別に会社を設けているケースもあるね。あとは名古屋時代のカメラマン仲間が経営する、ブライダル写真もやってる会社。学校行事の撮影を専門にやってる業者も。

仕事はウェディングが9割。残りの1割は学校行事の撮影や七五三なんかの記念写真撮影。たまにメディアの取材案件もある。

―この8年間、どうやって仕事を取ってきた?

ほとんどが紹介。カメラマン仲間やクライアントからの。独立して半年間は営業もしたけど、成約したのは6社のうち1社。それ以降は営業してない。

カメラマンは紹介で回ることが多いんじゃないかな。

―その1社は、どんな風に成約を

雑誌を手掛ける出版社。当時の俺って今よりもさらにフワーッとしてたからさ、雑誌社なのにモノクロのスナップ写真(日常の風景などを写したもの)を持って行って、どや! って見せた。

そしたら編集者が「写真はよう分からんけど、君は面白いね。じゃあ今度一緒に取材行こうか」って。

―仕事で使ってる機材は?

ボディはキャノンEOS6Dを2本。ブライダルの撮影では画角の違うレンズを同時に使いたいからボディは2つ持って行く。故障に備える意味もある。

レンズは3本で、広角ズームレンズEF17-40㎜ F4L USM、望遠ズームレンズEF70-200mm F4L IS USM、単焦点レンズEF50mm F1.4 USM。

それとストロボを2本。取材案件の場合は傘も持って行く。

―独立して2年目、生活資金がショートしたのはなぜ?

調子こいたから。仕事が順調で金がちょっと貯まってたからノートパソコンやカメラを買ったら直後に失速。仕事が減った。

やっぱり自分の見積もりは甘いんだね。契約社数が増えても、口だけで全然仕事くれなかったり、依頼はあっても数が少なかったり。

月収25~30万を見込んでいたときに、結果が10万円台だった時もあるよ。紹介で回ってるからこのままいくだろうと考えて営業を怠ったことが原因かな。

―でも、営業はしなかったと

そう。結局また紹介で回り出すことに。俺の場合、悪いことがあってもーランスを続ける中で向こうから話が来るようになった。時が解決した感じ。

―業者にカメラマンを紹介している。どうやってカメラマンと知り合う?

現場。それと意外に使えるのがミクシィ。個人での発信は廃れたけど、専門分野のコミュニティは今でも生きてるんだよね。

「カメラマン募集」とか「カメラマンになりたい」とか「ブライダルカメラマンの集い」とか。

それらの掲示板に「カメラマン募集 都内及び千葉、神奈川エリア 1件2万円」とかって投稿して、連絡のあった人と会ってポートフォリオ(実績をまとめたもの)を見せてもらって。

―大橋さんにとって「紹介したくなるカメラマン」とは?

基本的にみんな使うよ。どの芽が育つかなんてわからないから。切るのなんて簡単だもんね。ただ、どの人をアサインするかはクライアントに合わせる。

俺より年上で扱いづらいけどスキルのある人に頼むときもあれば、俺より若くてプライベートでも交流のある人にお願いして俺の発言力を高めるときもある。

えこひいきもあるよね。

すっごい真面目だけどぶきっちょなおじさんカメラマンがいてさ、撮影中にエキサイトしすぎてズボンが破れたり、「妻が病気なので今月は早めに(お金を)入れてもらえませんか」とお願いされたり。

どうかと思う時もあったけど、俺はその人のことがどうしても嫌いになれなくて使い続けた。そしたら今ではすっごく稼いでくれる人になった。都内の有名老舗ホテルで毎週撮影するくらいに。

どのカメラマンがどのクライアントや仕事にハマるかなんて全然わからない、俺には。

―フリーランスに必要なことってバカであること以外に何かある?

必要なことかどうかはわからないけど、周囲を見てると動物っぽい感じの人が多いよね。うーん、何て言えばいいんだろう、難しいね。

言語化すると、自分の気持ちに正直とか、直感的な判断力に優れているとか、嗅覚が鋭いとかになるのかな。

―大橋さんは自分のことを動物っぽいとは思う?

いや、俺は割と勤め人っぽい発想をする方だと思う。だからこそできることもある。心がけてるのは、メールの即レス。意外とやってないフリー多いんだよ。2日以上返さない人もいる。

それでも面白い人であれば仕事は来る。俺にはそこまで輝く個性がないから、使い勝手のいいカメラマンをめざしているわけで。

―使い勝手の良さ以外に、クライアントと接する際に意識していることは?

相手に適度な緊張感を持たせること。初めて仕事をする前にちゃんと条件を擦り合わせておくことが大事。はいはい言ってるだけじゃ使いつぶされちゃうからね。

相手からすると、「仕事はしやすいんだけど、この人にはちゃんと対応しないといけないな」と思わせることが大切。

―やっぱりコミュニケーション力は大事だと

うん。どこと仕事しても言われるのは「技術はある程度でいい」。

これからはさらにテクニックは必要じゃなくなってくるだろうね。カメラの性能が上がってるし、ドローンも活用できるし。

―カメラマンとして成したいことは

ライフワークとして町や人の写真を撮ってるから、それを続けていければいいかな。ウェディングや学校行事の撮影は食うための仕事で、それらに対してどうこうというのは今のところ浮かばない。

―コンテストに出すとかは

賞に出しても食えないしね。ブログやSNSで発信をしていないわけじゃないし、「えん」(行きつけのバー)とかで発表もできてるし。

俺がやってることが良ければ何らかの形で残っていくだろうし、残らなければそれまでのことだと思う。