モノクロからカラーへ、そして3Dへ。キャラクター性と物語性も急速に深まっていったテレビゲームの勃興期を、わたしたちアラサー世代は少年時代に過ごしました。
画面の中のキャラクターが戦いに勝ったり成長したりする姿に心ときめいていた自分が懐かしい―。
わたしのように、多くの30代にとってゲームは「振り返るもの」になっているのかもしれません。
クライアント企業の社員、エスさん(35)は違います。
5歳のころからゲームがずっと好きで、今も出社前、帰宅後、そして休日と欠かさずに楽しんでいるそう。
ゲームの腕を高めたいと立ち上げたブログは月間15万PVを、ツイッターのフォロワー数は1万6千人を超えます。
オンラインゲームの大会の運営者でもあり、その熱の入れようは実況解説者を手配したり、自ら賞品を製作したりするほど。
なぜそんなにゲームにハマり続けられて、情報発信や大会運営までするのでしょう。エスさんはゲームを通してどんな喜びを得ているのでしょうか。
(取材日2018年5月23日)
スプラトゥーンに夢中 出社前の「試し打ち」が日課
エスさんは現在、創立9年目を迎える医療ウェブメディアの営業統括を担っています。大学の先輩たちが会社を立ち上げた4カ月後に個人事業主として加わり、その1年後に社員になりました。
大学生のころに伯父ががんで亡くなった経験から、医療情報を届けることに意義を感じたことに加え、合理的な働き方を追求できることも正社員化の理由だったといいます。
「週に2日はしっかり休めて、平日も多くの人は6時台に退社します。無駄に会議を重ねたり、人目を気にして残業したりする文化がうちにはない。
効率性を重視する考え方がぼくにも合ってたんですね。好きなゲームをできる時間も確保できますし」
そう話すエスさんが2年前から夢中になっているのが、シューティングアクションゲームの『スプラトゥーン』シリーズです。
シューティングゲームというと、人が人を、人がモンスターを撃つものを想像しがちですが、スプラトゥーンに登場するのはなんと「イカ」。
プレイヤーはヒトに変身できるイカを操り、武器を使ってインクを飛ばして陣地を広げたり、敵を撃ったりすることで相手側と戦います。
2015年5月にWii Uソフトとして発売されると、その斬新な内容に瞬く間に人気に火がつき、2017年7月には続編の『スプラトゥーン2』が今度はニンテンドースイッチのソフトとして発売されました。
ニンテンドー公式サイトによると、スプラトゥーン2の2018年3月現在における世界累計販売数は約602万本。
エスさんはこのスプラトゥーン2を既に600時間はプレーしており、出社前に30分間の「試し打ち」をするのが今の日課だといいます。
テトリスに感動、オンラインを含む多作品に触れる
エスさんがゲームと出合ったのは5歳のころ。
当時の記憶は鮮明で、1988年にファミコン用ソフトとして発売された『テトリス』で朝から晩まで遊んでいた場面を今でも覚えているそうです。
小学2年の1990年にスーパーファミコンが、さらに小学5年の1994年には3Dグラフィックスを楽しめるプレイステーションが発売され、進化するゲームの世界に「わくわくした」。
『ストリートファイター』『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』『トルネコの大冒険』…。
家庭用ゲーム機のみならず、コンピューターゲームも楽しみました。
過去に遊んだゲームの中で「最も面白かった」と話すオンラインRPG『ウルティマオンライン』は12年間プレイし続け、「ベスト2」だというシミュレーションゲーム『シヴィライゼーション』では、自国の文明を発展させていくというユニークなテーマに心打たれました。
そして、3番目に挙げるのがスプラトゥーンシリーズです。
「本当に価値を感じることに時間を使いたい」
わたしやわたしの友人の多くは、大学進学や就職など人生におけるステージの変化などによってゲームを止めました。
エスさんはなぜ、子どものころからずっと好きでいられるのでしょう。
「(ゲームのことを)そんなに難しく考えたことないですね」
淡々と率直に話す彼らしい答えが返ってきました。興味深かったのはその続きです。
「ぼくにとってゲームは2種類あって、それは暇をつぶせるものと、達成感がやばいもの。ぼくは後者のタイプが好きで、実際のところ、プレーしている時間の90%は苦しいんです。
ちょっと硬い言い方になっちゃうんですけど、戦略を練って実行して、改善策を検討して再び挑戦する。こういった過程を続けた末に課題をクリアすると大きな達成感を得られるんですよね。
それは多幸感と言ってもいいほどで、大きな気持ち良さを味わうためにやってるんだと思います」
エスさんの感覚は、ゲームを一種の競技と捉える「エレクトロニック・スポーツ」(eスポーツ)に共通するように思えます。
国内でもゲームで生計を立てる「プロゲーマー」が注目されるようになってきましたが、一方で「ゲームはためにならない」という価値観も世間ではあるように感じられます。
「『ためになる』ってそもそも何なのか。
例えば100時間勉強して何かの資格を取って月収が5千円上がったとします。年間だと6万円の収入アップ。
で、100時間勉強する代わりに100時間ゲームをして、その人がゲームを通じて6万円以上の価値を得られるのであればそれでいいんじゃないかと。
お金を使った例えが適切かは微妙ですけど、要は人や世間が言うことじゃなくて、自分が本当に価値を感じることに時間を使うことが大切なんだと思います。
ぼくは楽しく生きていきたいと思っていて、その手段がゲームだっていうことです」
会社の研修に着想を得てインタビューブログを開設
プレーして楽しむもの。
子どものころからのゲームへの思いに広がりを持たせてくれたのが、ブログとツイッター、大会運営でした。
ブログを開設したのは2016年7月。エスさんが働く会社では当時、新人がSEOを学ぶためにブログ開設と運営を短期的に行うメニューが研修に組み込まれていました。
SEOとは、インターネットの検索結果でウェブサイトが上位に表示されるよう工夫することを意味します。
エスさんは営業としてのレベルアップを図ろうと研修に着想を得て、ブログ開設を目論みます。
「SEOの勉強をしながら、自分の好きなテーマで人の役にも立てることはないか」
そう考えて立ち上げたのが、スプラトゥーンが上手な人にインタビューして個々の戦略を載せる「スプラトゥーントッププレイヤーズ」(STP)です。
「スプラトゥーンにハマってからどうすればうまくなれるかをいつも考えてたんですけど、その方法がよくわからなかったんですね。
といっても友達や知り合いにやってる人はいない。動画を見ていてもプレイヤーがなぜこの場面でこんな風にキャラクターを動かしたのかっていう意図がわからない。
だから上手な人に直接聞こうと思ったんです。ネットで探して最初に連絡を取った人が快諾してくれたんで、もしかしたらインタビュー記事を重ねていけるかもと」
インターネット電話「スカイプ」を使ってパソコン越しに1、2時間ほど会話を交わし、聞いた内容を「武器の長所と短所」「ステージの考察」などのテーマに分けて掲載していきました。
取材した人から新たなプレイヤーを紹介してもらえたこともあって取材人数は増え、現在までに38人に話を聞くことができたそうです。
また、ブログ立ち上げと同時にSTP専用のツイッターアカウントも開設しました。ツイッターではブログの更新情報のほか、程なくして始めたスプラトゥーンの大会に関する情報も投稿していきました。
「トッププレイヤーの意欲を高めるために刺激を」
ブログや大会を始めた背景には問題意識もあったといいます。
「ぼくがスプラトゥーンを始めたのは遅くて、『1』が発売されてから1年くらい経ったころでした。それから激ハマりしたわけですけど、気になっていたこともあって。
ツイッターなんかを見ていて、上手い人たちのモチベーションが下がってるなと感じたんですよね。『刺激がない』って話してる人もいた。
これは由々しき事態だなと。
ぼくはまだ上手くないですけど、将来的にはトッププレイヤーになりたい。そのためには倒す人が必要なんで、上手い人には少しでも長くゲームを続けてもらいたい。
トッププレイヤーの刺激になることをしようと思ったのが大会を始めた大きな理由で、ブログを開設した一因でもあります」
エスさんが開くスプラトゥーンの大会「ドラフト杯」は、トッププレイヤー16人を招待して主将4人を決め、主将がそれぞれ意中のプレイヤーを指名して4チームで争う大会。
招待するプレイヤーは過去に取材したトッププレイヤーや参加者に意見を聞いて決めているそうです。
「ドラフト杯は言わばプロ野球のオールスター戦のようなもので、国内屈指のスプラトゥーンプレイヤーが集結します。もちろん、プロゲーマーもいます」
ドラフト杯はおよそ3ヵ月に1度のペースで今までに7回行われました。エスさんはその都度、ゲーム動画のプラットフォームサイト「OPENREC.tv (オープンレック)」でリアルタイムに戦いの模様を配信しています。
大会という場を用意するだけではなく、出場者と視聴者の満足感を高めることにも気を配っているというエスさん。
デザイナーに依頼して出場選手を紹介するプロモーションビデオ(記事下に動画を添付)を製作し、スタジオを借りてMCと解説者を手配しています。
「開始当初はこういったドラフト形式や実況解説のいる大会がなかったと思うので、視聴者にも魅力的なものに映ったのではないでしょうか」
さらに、大会の成績優秀者には賞品もプレゼントしています。
その一例である盾やスマートフォン用モバイルバッテリーはエスさんのお手製。工房を借り、レーザーカッターを使って自ら作ったそうです。
【第七回ドラフト杯】
優勝メンバーのお手元に届き始めたみたいなので、今回の優勝賞品をご紹介^_^
前回に引き続きバッテリーと、連覇のお二人には盾を送らせていただきました。
改めて優勝おめでとうございます! pic.twitter.com/oWPUMiMD3O— SplatoonTopPlayers (@SplaTopPlayers) 2018年4月19日
「待ってくれる人がいる。それが本当にうれしい」
ブログの読者とツイッターのフォロワー数は着実に増え、ブログの月間最高PVは37万。現在も安定して15万PVを超えているといいます。
ツイッターフォロワー数は6月30日現在で1万6,124人。
インパクトのある数字ですが、本人はさほどこだわりがないよう。
「記事を更新したり大会を開催したりする中で、『ありがとう』『面白かった』『お疲れさま』とメッセージをもらえることの方がうれしいですね。
やっぱり、単純にありがとうと言われるのはうれしいですし、今ではぼくが開く大会を『目指す場所』と言ってくれるプレイヤーもいるので、そんな風に自分を待ってくれる人がいるのは本当にありがたいことです」
ツイッターのタイムラインを覗くと、7月8日のドラフト杯開催の告知ツイートに対して「楽しみ」「頑張って」と礼や励ましのコメントがずらりと並んでいました。
そして何より、トッププレイヤーへの感謝の気持ちが大きいといいます。
「取材はぼくがただやりたくてお願いしていることであって、本人には別に必要なことではありません。
それなのに快く受けてくれて、時間を割いてくれる。大会に招待すれば参加してくれる。だからこそぼくはブログと大会の運営を続けられているのです」
スプラトゥーンプレイヤーのメーンとなる年齢層は10代半ばから20台前半。取材したプレイヤーはみんなエスさんより年下で、中には中学生の人もいました。
「ブログと大会運営を通して普通は出会えないであろう人と出会えることがうれしいです。友達と言うのはおこがましいけど、今では一緒にご飯を食べに行ける関係の人もいて。
プレイヤーとしてぼくに勝る技術を持っていて、ぼくが想像できない考えを持つ人と話せるのは人生の財産。
肝心の自分の腕が上がらないのでトッププレイヤーたちと一緒に遊べないのは悔しいんですけど、インタビューした人たちと純粋にゲームの腕だけで勝負するのが今の夢ですね」
第7回ドラフト杯の模様(サイトのプレミアム会員であれば視聴可)
エスさんからのコメントとメッセージ
エスさんからコメントとメッセージが寄せられたので、掲載します。
第1回の大会からイラストとPVを作ってくれている稔絵(じんかい)さんに、最大限の感謝を。
一個人としてじんかいさんの絵のファンですし、じんかいさんの絵がなければSTPとしての活動がここまで続くこともなかったと思います。
インタビューを受けてくれたプレイヤー、大会に出てくれたプレイヤーにも同じく感謝をしています。
自分がSTPとして活動をしていく中で、プレイヤーへのリスペクトを忘れることはありません。いつかSTPとしてではなく、一プレイヤーとして同じ土俵に立つことを夢見て練習していきます。
読んでくれた若い人へ。
親や年上の大人たちが余計なことをいろいろと言ってくると思いますが、ゲームも突き詰めれば立派なスキルになると思っています。
超レアな存在ですが、実際にストリーマー(ゲームの実況配信者)として食べている人もいます。
やりたいことをやりたいだけやった方が自分が納得できると思うので、周りに何を言われても好きなことをやりましょう。
35歳で、これだけスプラが好きな自分でも、ちゃんと社会人やれてます(笑)
記事内の情報、考え、感情は書いた時点のものです。
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