草木に囲まれた門扉を抜けるとそこには、民家を改築したアトリエ風の料理店がありました。
名は「ビストロくさむら」。
2018年4月21日昼。伊豆高原駅から車で7分、県道112号を1本入った小道にあるその店を訪れようと思ったのは、同地に別荘を構える会社員時代の上司に「伊豆高原で最も勧めたい料理店」と教わったからです。
左から2番目の男性がその元上司、クマさん。写真奥が彼が所有するカナディアン・ログハウス。
クマさんは17年ほど前に別荘を購入し、以来、月に1度のペースで奥さんと涼やかな高原での余暇を楽しんでいるそう。
周辺の飲食店を15店ほど利用した中で、彼が「最も勧めたい」と挙げたのがビストロくさむらでした。
わたしは会社員時代の先輩と一緒に、クマさんの別荘に向かう旅路でこちらの店を訪ねたのです。
欧州の絵がずらりと並ぶ店内
店内に足を踏み入れるとまず、素朴な趣の絵画がたくさん飾られていることに気付きます。
ビストロくさむらはシェフの田島野歩(たしま・のぶ)さんと妻の麻衣さんが2人で営んでいるスペイン料理店。
絵は麻衣さんによって描かれたものです。
麻衣さんは旅行で訪れたヨーロッパの町並みを思い浮かべながら、店の雰囲気にも合うよう、一枚一枚を仕上げていったそう。
2011年にオープンしたビストロくさむらの料理は、スペイン北東部の地中海沿岸にあるカタルーニャの人々が長く親しんできた郷土料理がモチーフになっています。
それは、田島さんが現地で愛した料理でもあります。
サルダーニャ料理を日本で
田島さんは1970年、東京・西多摩に生まれました。
父は『ちからたろう』や『とべバッタ』などで知られる、日本を代表する絵本作家の田島征三(せいぞう)さんです。
絵本ナビ「田島征三」 https://www.ehonnavi.net/author.asp?n=287
子どものころに彼の絵本を読んだことのある人も多いのでは。
田島さんは高校生のころに行列のできる洋食店に行き、そこで見たオープンキッチンで働くコックの姿に憧れて料理人を志すようになったそう。
定時制高校を卒業後、洋食店で4年、地中海料理店で3年働き、その後に勤めた横浜・山下公園のハーブ料理店では料理長を任されるまでになりました。
しかし、田島さんは日本に安住しませんでした。
以前から魅力を感じていたヨーロッパの地で暮らしたい思いが徐々に高まり、フランスに移住。各地を転々とする生活を送るようになります。
ボルドー、モンペリエ、ブロワにほど近い村。その後、南に接するスペインに渡り、アンダルシア、カタルーニャのバルセロナと移り、根を下ろしたのがカタルーニャの中でもフランスに接するサルダーニャ地方の小さな山村でした。
「自然に囲まれたサルダーニャの郷土料理を日本で再現したい」
そんな思いが高じて麻衣さんと日本に戻り、ビストロくさむらを開いたのです。
両親が東京から引っ越して住んでいた伊豆高原の実家に身を寄せた後、父・征三さんがアトリエとして使っていた民家を改築して店を開きました。
店には、田島さんが好きだった征三さんの絵本のタイトルにちなみ、「くさむら」と名付けました。
ランチコースを紹介
料理を紹介していきましょう。
わたしたちが頼んだのは、3,500円のランチのコース(2,300円、3,000円のコースもある)。
前菜、スープ、メーンに肉・魚・パエリアから一品、デザートという組み合わせです。
※パエリアは2名以上の注文で頼むことができます。
それらに加え、今回は常連のクマさんからの紹介ということで、こんなサービスもしていただきました。
スペイン豚の脚からそぎ落とされた生ハムとソーセージ。
噛むほどにうまみと塩気が出てきます。酒のつまみに最適。
お酒は飲みませんでしたが、同店ではフランスとスペインのワインも提供しています。
野性的な味が印象に残る前菜
前菜です。左から近海で獲れたカンパチのマリネ、自前の畑で採れた野菜のサラダ、スペインの卵料理であるトルティーヤ。
マリネはラディッシュ(ハツカダイコン)のソースの辛みが、トルティーヤはホウレンソウの渋みが良いアクセントになっています。
最も印象的だったのが野菜。
野菜はスープとメーンにも使われていましたが、総じておいしいです。
食感と味がはっきりしているんですね。シャキシャキとしていて、野菜本来の苦みも生きています。
近くの畑で田島夫婦自らが育てた野菜を使っているそうですが、スーパーなどで買うものと味が違います。
麻衣さんによると、市場に流通している野菜は多くの人の口に合うよう、味が調整されているそう。
「だから、当店のものは少し野性的な感じがするのかもしれません」と話していました。
くつろげる同店のシステム
こんなふうにお店の人と気軽に会話ができるのもくさむらの魅力です。
予約制で、利用できるのは同じ時間帯に2組のみ。
わたしたちが訪れた時は既にもう一組がいましたが、程なくして帰ったため、途中から店にいるのはわたしたちと田島さん、麻衣さんだけ。
お店の人に声をかけやすいんですね。
料理がどんな食材で作られていて、どんなふうに調理されているのかを知ると、そのお店を楽しめる度合いはぐっと高まります。
それに、料理が運ばれるのを待っている間に店内を悠々と歩いて絵画を見て回ったり、バルコニーに出てクヌギやコナラなどが林立する風景を楽しんだりすることもできます。
外ではウグイスが鳴き、クロアゲハがひらひらと木々を縫うように飛んでいました。
見て食べて楽しいスープ
前菜の次に出されたのはスープ。
田島さんが目の前で注いでくれました。
サトイモとセロリと白ネギのスープ。
驚きました。甘い。
サトイモって、スープにすると非常に濃厚な甘みを感じるんですね。その後に、セロリがツンと香り、白ネギの苦みが口の中を引き締めてくれます。
パンも野菜と同様に自家製。
小麦を丸ごと粉状にした全粒粉と天然酵母を使っているため、風味が強く、もっちりした食感。
スープにもよく合います。
期待を裏切らないメーン
わたしたちは今回、メーンに肉料理を選びました。
候補3品の中からわたしが選んだのは、鹿肉のワイン煮込み。
「鹿は牛や豚に比べて脂が少なく、淡泊な味が特徴。精力がつくと言われています。当店が扱っているのは、伊豆半島の天城山で獲れた鹿なんですよ」(麻衣さん)
鹿を食べるのは初めてでしたが、臭みはほとんどありませんでした。その上、麻衣さんが言うように肉自体があっさりしている。ワインでじっくりと煮込んでいるのでしょう、やわらかい。
甘みもあります。
ワインで煮込むだけでこんなに甘くなるのか?
麻衣さんに聞いてみると、ハチミツと砕いたナッツをワインに加えているそう。
ワインにハチミツを入れて煮込むのはフランスやスペインではよく用いられる方法とのことです。
やっぱり、野菜がおいしい。
カブがとても甘い。
アブラナ科のノラボウナ(のらぼう菜)もコリッとした食感を楽しめます。アスパラガスの食感に近い。
ノラボウナって食べたことありますか? わたしは初めて。
調べると、ノラボウナは東京西部や埼玉県飯能市などで古くから生産されてきた野菜。しおれやすいため長距離輸送には向いておらず、長く生産地周辺で食されてきたそう。
なるほど、だから食べたことがなかったんですね。
デザートは美味のループ
候補2品から選んだデザートは、焼きリンゴとキャラメルのアイス。
使っているリンゴは岐阜県飛騨市の農家が育てたもの。
おいしい。
甘い焼きリンゴを食べた後に、やや苦みのあるキャラメルアイスで口をさっぱりとさせて、また焼きリンゴに、という美味のループ。
最後にエスプレッソをいただきました。
接客、味、雰囲気どれもいい
接客、味、雰囲気、時間の流れ方のどれも満足度の高いものでした。
本当はくさむらで食べた後にどこかを観光しようと考えていたのですが、その気が失せちゃいましたもん。ここだけで満足しちゃって。
グルメなクマさんが開店以来、通い続けているだけのことはありますね。
個人的にも前から「たぶんいいお店なんだろうなあ」と感じていましたが、当たりました。
予約の電話をした際にお2人それぞれと話したのですが、ともに感じが良く、丁寧に説明をしてくれたからです。
田島さんは最後に、こう思いを語ってくれました。
「伊豆高原は山があり、海があり、空気がきれいなとても素敵なところです。そんな伊豆高原の魅力に寄り添えるようなお店でありたい。ぜひゆっくりとくつろいでいただきたいですね」
「ビストロくさむら」情報
店名 | ビストロくさむら |
住所 | 静岡県伊東市八幡野1346-39 |
TEL | 0557-54-0890 |
営業 | 11:30~ |
休み | 不定休 |
受付 | 要予約 |
公式 | ホームページ:http://josocnobuta.wixsite.com/bistrotquechampla1 |