言葉をどう扱うか。
記者やライター、編集者など、文章を書くことを仕事にする人にとって切り離せない問題です。
漢字にするか、平仮名にするか。漢字にするとすればどれがふさわしいか―。そんなふうに一考を要するときに役に立つのが、『記者ハンドブック』です。
記者ハンドブックは業界関係者には「定番」「必携」と言われる辞書であり、「記者」と冠してはいるものの、広報やブロガーを含め広く仕事の中で文章を書く人が持っておいて損はないもの。
長年にわたって膨大な数の記事を世に出し続けてきた「共同通信社」が、「わかりやすくやさしい文章」が書けるようにと編集した辞書ですから、参考資料としては信頼性が高いと言えるでしょう。
ライティングの時短に有効ですし、読み物としても楽しめます。
今回の記事は、記者ハンドブックを使い始めて13年が経つ現役ライターのショウブ(@freemediwriter)が、その内容と使い方を写真を載せながら解説していきます。
記者ハンドブックとは
発行元の共同通信社は、時事通信社と並んで日本に2つある通信社の一つであり、ニュース記事を全国の加盟新聞社に配信しています。
地方紙がなぜ全国のニュースを細かく載せられるか疑問に思ったことのある人がいるかもしれませんが、それは、共同通信社の配信記事を各社が買っているからです。
もちろん、地方紙でもある程度の人数の記者を東京などの都市部に配置していますが、それだけだとニュースを網羅できないので、適時、共同通信の記事から必要なものを選び新聞に載せているわけですね。
記者ハンドブックは共同通信社が1956年に初版を発行、都度改訂が重ねられ、2016年に発行された13版が2020年現在、最新のものになります。費用は税込み2090円。
記者ハンドブック13版の表紙です。
表紙を取るとこんなデザイン。普段から使っていると表紙が破れてボロボロになるので、わたしはすぐに表紙は取り、裸の状態で使うようにしています。
一つ前の12版(左)との比較。13版の方が色合い、タイトルのデザインともに落ち着いた雰囲気ですね。
辞書には大ぶりなものが多いですが、記者ハンドブックはその名の通り、手のひらサイズ。バッグに入れて持ち運べます。
文庫本と横幅はほぼ同じで、縦は2㎝ほど長い。
記者ハンドブックの内容
記者ハンドブックには、文章を書くに当たって参考になるさまざまな情報が掲載されていますが、中でも特徴的なものを紹介します。
漢字と平仮名のどちらがふさわしいか
文章を書くときに悩みがちなのが、漢字と平仮名のどちらにした方がいいか。
記者ハンドブックの大部分を占める「用字用語集」(122P~496P)ではそれを確認できます。
例えば、「と」の欄に記載されている「とき」について、時期や時間を表す場合は漢字の「時」、「~の場合」を示すときは平仮名の「とき」と定めています。
このほか、漢字と平仮名を使い分けるケースとしては「ころ」や「あと」などが挙げられます。
「ころ」
「3月20日ごろ」「4時ごろ」「今年の春ごろ」のように特定の日時や時間につくときは平仮名。「見頃」「食べ頃」のように名詞の一部として使われるときは漢字。
「あと」
「前」の対語や「後続」を意味するときは漢字の「後」。「あと一息」「あと2人」などの場合は平仮名。
一律に平仮名にした方がいいものとしては「等」→「など」、「嬉しい」→「うれしい」などが挙げられます。
どの漢字がふさわしいかもわかる
仮に漢字表記だとしても、どの漢字を使えばいいかも考え込みやすいですよね。
これも、「用字用語集」の部分で確認できます。
例えば、「つくる」は「作る」「造る」「創る」のどれがいいのでしょうか。
記者ハンドブックによれば、「つくる」ものが小規模なものの場合は「作る」、大規模なものだと「造る」、「創造」を強調するときには「創る」、「会社」や「子ども」などの抽象名詞に対しては平仮名の「つくる」です。
こんなふうに、一つひとつ細かく、平仮名と漢字のどれがいいか、漢字の場合はどれを使えばいいかを定めています。
間違えやすい語句がわかる
間違えやすい語句が紹介されているのもポイントで、用字用語集の終わりの方に掲載されています。
「怒り心頭に達した」ではなく、正しくは「怒り心頭に発した」。
間違えやすい表現と正しい表現がそれぞれ載っているほか、下のように意味を勘違いしやすい語句も紹介されています。
「気が置けない人」
遠慮・気兼ねの要らない人の意。油断できない、気が許せないの意に使うのは誤り。
「情けは人のためならず」
善いことをすればよい報いがあるという意。情けはその人のためにならないといった解釈は誤り。
外来語の表記がわかる
外来語の表記も「外来語・片仮名語用例集」(734P~751P)の部分に掲載されています。
例えば「支配人」などを意味する「manager」。話し言葉だと普通、「マネージャー」と発音しますが、記者ハンドブックの決まりだと「マネジャー」。
「自己同一性」を意味する「identity」は「アイデンティティ」ではなく、「アイデンティティー」と後ろを伸ばす。
同じパターンだと、「アウェイ」→「アウェー」、「ゴーヤ」→「ゴーヤー」、「ハロウィン」→「ハロウィーン」が挙げられます。
数字や単位、動植物の表記方法がわかる
「1万以上の数字には万、億、兆などの単位語をつける」ことを知っていれば、桁数の多い数字も書きやすいですし、読者にもやさしいでしょう。
単位の一覧も参考になります。ネットでも調べられますが、場合によっては記者ハンドブックの方が早いかもしれません。
「動植物の名称は原則として片仮名」。これも統一されたルールに則っておけば都度考える必要がありません。
他にも参考になる情報がたくさん
記者ハンドブックには他にも参考になる情報がたくさん載っています。
その一部を羅列しておきますね。
言葉の使い方
- 送り仮名の付け方
- 「ぢ」「じ」、「づ」「ず」の使い分け用例集
- 句読点と引用符(「」など)の使い方
- 差別語、不快用語の内容
- 記事のフォーム(日時、地名、一門一答、対談、政治、選挙、運動記事、死亡記事などの書き方について)
各種資料
- 紛らわしい地名(正式と通称の別などについて)
- 紛らわしい法令関連用語
- 病名・身体諸器官の表記例
- 年号・西暦対照表
- 年齢早見表
最後に
この記事を書くに当たり、改めて記者ハンドブックの始めから終わりまで見直しましたが、役に立つだけでなく、単純に面白いんですよね。
「なぜこの表記にしているんだろう」と想像しながら読んでいくと、ときに編者の意図が透けて見えることがあって、新しい発見があります。
あれ? 「新しい発見」は重複表現じゃないのか…。
記者ハンドブックには記載されていないけど、「発見」の中に「新しい」の意が含まれているだろうし。
記者ハンドブックに載っている「いまだ未完成」→「未完成」と同じパターンの間違いじゃ…。
と、こんなふうに今まで気にしなかったことを想像できるようになるのはうれしいことです。
最後に注意したいのは、記者ハンドブックに記載されていることが絶対的な正解ではないこと。
特に、いろんな企業と仕事をするフリーライターであれば媒体ごとに使い方を検討した方がいいと思うので、あくまで一つの指標として活用するのが望ましいでしょう。
ちなみに、小説家の書き分け方も参考になります。
中でも、村上春樹さんと川上未映子さんは漢字と平仮名の使い分けを考えるときに参考になる小説家だとわたしは考えています。
2人は、文章が読者の目に飛び込んだときの印象を考えて漢字と平仮名のバランスを調整しているように思えるんですよね。
小説が好きな人なら、そんな視点で作品を読んでみても面白いかもしれません。
村上春樹さんであれば、『騎士団長殺し』はとても文章が洗練されていて参考になりますし、川上未映子さんの『すべて真夜中の恋人たち』はまるで言葉が光の粒のように感じられる傑作です。
以上、フリーライターの庄部でした。
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